カテゴリー「心」の96件の記事

2009/10/22

心の振り子は揺れるばかり

暗くマイナス思考で日々過ごすと言う事は、意外に簡単なことなのかもしれない。それよりも日々明るくプラス思考に生きて行く方が難しいように思う。

嫌な出来事や困難というものは、勝手に向こうからやってくるものだけど、楽しみとか幸せな時間というものは自分から行動しないと見つからないことが多いように思う。

行動するには、肉体と精神のスタミナがいる。

体が弱ると心も弱り、心が弱ると体も弱る。

心身共に健康を保つ、心身共にバランスをとるということが大事なんだ。

そうそう、以前からずっと書いているけれど、そのバランスをとるのがかなり難しいんだよね。バランス…色々な面で必要なんだよね。心と体のバランス。

そんな簡単にバランスが取れないのが、また、人間というものなのかもしれないけれど。

せめて、
人生の計りの振り子が常にどちらかに傾いてしまっていても、それを日々一生懸命正常に直そうと努力する人間になれるよう意識をして生きていきたい。

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2009/10/10

自分へひとりごと

ひき子でプーの子なし専業主婦だった長い間も、大した稼ぎではないがパートに出ている今も…私…何も変わっていないかもしれない…のかな…。どうかな…。

いつもの年と変わらずまた金木犀の香りが私の記憶を撫でて行く季節になったよ。

あんなに周りの人や他人にあーだこーだと色々言われていた子なし専業主婦時代。今もフルで働いているわけではないので、子なし専業に近い生活だけど、パートに出て、どこか自分自身の中で心の欠片が軽くなったような気はした。とりあえず、食って排便だけしてた生活ではなくなったから(←過去に旦那に言われた)。ん?今も食って排便しているだけかもしれないけど、とりあえず自分の食う分の一ヶ月分のお金は自分で稼いでいるから、それを垂れ流ししようが無駄に吐こうが(汚い言葉でごめんなさい)以前よりは気が楽かもしれない。
でも、
経済的にその状況が許されて、精神的に楽しんで子なし専業主婦をしている人はそれでいいと思うの。本当に。
たとえ他人に何と言われようとも、自分がそうしたければそれでいいと私は本当に思う。

私の場合は経済的に許されなかったのに、子なし専業主婦(と言うひき子森)で、しかも、そのことで周りの人に、暇人なんだから働かないのはもったいない的な言葉を聞かされる度に、マスマスひき子森になり落ち込むという、自業自得な生活をしていて精神的にかなり変だったと思う。もちろんそうなった背景にはそれ以外にも古い過去が関係しているのかもしれないけれど。
まーとにかく、あの頃のように、落ち込んで一日一日過ごしていた子なし専業主婦時代よりはたとえ円形脱毛がまた出来たとしても、微々たる給料でも稼いでいるというこの今の暮らしの方が私の精神にはいいのかな…。毎日、パートに行きたくないと思いながら出勤してるのだけど。
でも今度また子なし専業主婦に完璧に戻るとしたら、明るく過ごしたいと思う。
子供?いませんけど何かぁあ?
仕事?してませんけど何かぁあ?って感じに。
他人に色々言われて(または自分でもそう思って)落ち込むくらいなら、嫌でも微々たる稼ぎでいいから働いて、そのことによって精神的に少しでも安定したほうがいいのかな…って自分に対して思う。

だけど数年後、私どうなってるのか…わかんないけどさ。

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2009/09/28

夕暮れにぶるーす

今日は早朝から16時半までパート。
日が暮れるのが早くなったね。
色が変わりゆく空を見ながら洗濯物を取り込む。
洗濯物をベランダで取り込みながら ブルースを聞く。これ最高だ。
例えばケニーバレルのミッドナイトブルーを大音量にしてベランダで聞きながら夕暮れ空を見るのがいい感じ。でもブルース聞くとウィスキーを飲みたくなってしまう。それにしても、かっけー曲だナ。

こんな馬鹿ちんな私でも毎日色々考える。
どうしたらいいかなー…そればっかり。
何か見つけられるのかなー、死ぬまでの間に。
以前書いたと思うけど、

人生の本番は60歳からだ
60歳前までは人生のリハーサルだ

そう誰かが言っていた。

だから、あーでもないこーでもないって、まだリハーサルしていてもいいのかな私。

そういえば、先日私が見た録画しておいた おくりびと を旦那が昨日見て、感動してた。私も面白かったことは面白かったんだけど、期待しすぎて見たせいかもう一押し何かが足りなかったように感じてしまったんだよな。なんの期待もしないで見た旦那はよかったみたい。

でもさ、葬儀の場面を見るといつも思うけど…私の葬儀はきっと質素なものだと思う。まず来てくれる人なんて家族以外いないし。しかもその家族も少ないし。老後ひとりぼっちで死んだら…きっと死んだ後でさえ他人様に迷惑をかけてしまうんだなって想像してしまう…(いつもこんなこと書いてるけどさ)。
先のことはどうなるかわからないので、なるようになれって気分でいよう。ケセラセラでいかないと暗くなる。だけど、他人様になるべくなら迷惑をかけないようにしたいものだ。
少なくても死ぬ寸前まで、自力で暮らせる状態のばーさんでいないとな。
ばーさんまで生きるかしらないけどさ。
でも死ぬまでにこの人生の中で何かを見つけたいんだよな。何かって?って感じだけど。

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2009/09/12

朧げな星は心で揺れて

夜、ベランダで洗濯物を干しながら、薄雲の向こうで朧げに揺れる星を眺めた。そして入院中に同じ部屋だった人たちの顔を思い出した。

あの時私は、たくさんのことを気づかせてもらったんだ。自分よりも重い病状の方と自分を単に比べたのではなくて、正に、気づき、だった。患者さんたちだけではなく、医師や看護師さんとかご家族の方々とかを見ても、色々考えさせられる事が多かった。

あれから一年、こうして無事に日常に戻ると、その時の思いがだんだん薄れていく…ダメな私。
ある一定のレベルに意識を上げ、それを保つということが…出来ない自分。すぐ気持ちが下降する。心身共に持久力がない。持久力がつくように鍛えないとな…。それはやっぱり色々な体験をするということが大事なのかもしれない。ひきこもっていては持久力ってつかないものなの…かな。
ひきこもっていても明るく?元気に?逞しく?ひきこもっているならいいんだよな(えっ違う?)。
はぁぁ。。。。。。
いい年して未だ人生迷子。一体何十年生きてるんだよ自分。ロングロング迷子

人生迷子で思い出したけど…
ちょーよんぴる…の…
♪想いで迷子♬
何げに好きだったこの歌。

karaoke時はあたしを連れてくるけど
過去のどこかで迷子になってるkaraoke

こういう歌はあれだね、カラオケボックスで歌うよりスナックとかで歌った方がいい感じだね。

♬こんな夜には 少しお酒で 泪の相手しましょう♬

おやすみ

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2009/09/06

隣の芝生は確かに青い

Gaksib以前書いたように、近隣の学校の校庭には夏休み中にすっかり芝生が敷き詰められこの休み中毎日水がまかれていた。だから校庭が青いよ。綺麗な芝生だ。今月から始まった学校。授業の間の休み時間、生徒たちは裸足でこの芝生の上を走り回っている。楽しそうだ。みんな喜んでいて子供らしい。そして確かに芝生は青い。

隣の芝生は青いよ。

そう、隣の芝生は青い。そう思うくせにまた、こっちの枯れた芝生よりはまだうちの方がましか…とも思う人間の性。右を見ては妬み、左を見ては優越感に浸り…。
こっちでは自分は悲劇の主人公かのように熱演し、はたまたこっちでは上から目線で誰かを見下す。

どれだけ不幸だったか…私はあなたより辛い思いをたくさんしているのって自分がただ抱えきれないだけのことの恨み辛み話を喋って、でも実はそのくだらない話を黙って真剣に聞いくれている人の方が本当は自分よりももっと辛い思いをしてきたってこともあったり…したりしてね。だから自分が辛いからって簡単に喋るのは考えなきゃね。考えなきゃ。

16夜の真ん丸ではない月が…とても眩しいね…今夜は。

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2009/07/13

風に吹かれてひとりごと

今日は暑い日だけど、湿気がなくて風が気持ち良い。この風に吹かれて…どこかへ飛んで行ってしまいたいなぁ…。

この日私はぼらんてぃあで帰るの遅くなるからね、と毎回言っておいても、私に何の興味もない旦那はいつも忘れている。ぼらんてぃあが終わって家に帰ると先に帰宅していた旦那は、あれ?買い物行ってたの?とかトボケたことを言っている。毎回毎回何度言わせんだよって言う私に旦那が
「ねーねー、どうして急にそんなに外に出るようになったの?」と聞いてきた。まー確かに、長い時間ひきこもっていた私が、ここ最近パート行って、ぼらんてぃあに参加して、自分でもどうしたんだろうと思ったりするぐらいだから、旦那もそんな最近の私が不思議なのだろう。
でも、ひきこもって自己嫌悪に落ちていても、こうして外出が多くなっても、どちらにしても時間が流れて行くのはあっという間で、不安という思いは心のどこかに存在するままで…。この先、私はどこへ転がって行くのかな…。
なんか、風に吹かれて空を流れて行く雲を、ただただ見つめていたらいつの間にか老婆になり、ひとりぼっちになってしまった。そんな感覚の人生にこの先なりそうだ。←また意味不明なこと言ってるけど。
楽しい時間っていうものに出会っても…作っても、それはほんの短い時間で終わってしまう。だからまた楽しい時間や出来事を探し続けなきゃならない。意外にこの楽しいことを探す作業って体力や精神力がいるものだ。あと、心底からやりたいと思えることを探すのも難しいことだ。こんなこと感じるの私だけかもしれないけれど。とにかく好きなことをするにしても、何か好きなものを見つけるにしても、パワーが必要だってことなのよね。ただそこにいるだけでは、何もやって来ない。そうなんだよね。わかっているけど…。何かを見つけたいんだけど…なかなか…難しいな…。

他人様よりかなりスローペースな歩みの私で、頑張るレベルも他人様とは違うけれど、…でもカムバローrock

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2009/07/03

心の目、心の耳

Jhoこの本は会話の出来ないジヘイショウの子が筆談で質問に答え、ジヘイショウである彼の本当の思いを語ってくれている。しょうがいを持つ子供の気持ちがわかりやすく書いてあるとてもいい本だった。ジヘイショウの子供たちは会話のキャッチボールや自分の気持ちを相手に伝えることが苦手で、日々心の中で一人葛藤しているとあった。例えば、これがしたいのに、これがしたくない、と逆の意味だと勘違いして伝わってしまうことがよくあるそうだ。また、しょうがいがあるため、それでしてしまう行動で誰かに迷惑をかけてしまうことを辛くて悲しく思っていて、時には奇声をあげてしまい本人は恥ずかしく感じることもあると書いてあった。あと、ジヘイショウの子供達は幼く見えるので、中学生になっていても幼児に声をかけるような言葉使いをついしてしまうことがあるのだが、それはやめて欲しいとあった。そう、私たちの感じる心と当然同じなのである。ショウガイがあるからわからないだろうなんてことは決してないのだ。こちらの言っていることや態度や気持ちを、彼らはちゃんと理解しているのだ。それと、一人が好きだと思われがちだがそうではないとも書いてあった。


先日話題になったクライバーン国際ピアノコンクールで優勝したピアニスト辻井伸行さんが会見で、もし目が見えるとしたら?という質問に対して、
「両親の顔とか、友人の顔とか見てみたいです。あと星とかも見てみたいと思います。でも、今心の目でそれらのものを見れているので十分満足です。」
というような答えをしていたのだけど、この「心の目」という言葉が私はとても印象的だった。

ジヘイショウの子供たちを、もし心の目で見ることが出来たなら、もし心の耳で彼らの気持ちを聞けることが出来たなら…そう本を読んでいて思った。
外見などでは人を判断しきれないものだ。それなのに、私は余計な情報で人を判断してしまうことがある。職場の人だってそうだ。外見や言葉使いだけで、この人こういう人かなって勝手に思ってしまいがちなところがある。本当のその人は外見や言葉使いだけではわからないものだ。自分だってそう、外見だけで判断されたくないと思う。
だから、心の目と心の耳で何かを少しでも多くキャッチ出来るように努力してみようと思った。彼らが何を言いたいのか何をしたいのか、少しでもわかってあげたい。そんな意気込みで先日ぼらんてぃあに行って来たけれど…やはり難しい。私が理解してあげられなくて子供たちにストレスを与えてしまっているかもしれない…。
心の目と心の耳を研ぎ澄ませたい。それは、日常的にどんな人と会う時にもそうできたらいいな。
(人付き合いが苦手な私だけど…時には↑こんなことも思ったりします。)

この本の最後の質問、ジヘイショウについてどう思いますか?と聞かれこの彼は
「ジヘイショウとはきっと、文明の支配を受けずに、自然のまま生まれてきた人たちなのだと思うのです。」と書いてあった。

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2009/06/26

石コロになりたい

ひとりごと…

別に何があったってわけでもないが…。

人間という生物のいない星に、ただコロがっている石コロになりたい。

そうよく思う。

なんでこんな風に思うんだろう。
でもそう思っちゃうんだよな…。

前に、どこかの掲示板に書いてあった。
皆、嫌だと思ってもちゃんと人付き合いしているんだ。って。

みんなすごいね。嫌でも人付き合いしているんだもん。
私なんか友達もいないし、親戚も近くにはいないし、舅姑もいないので、他の方よりは楽な人間関係だ。それでも、たまにしかない人付き合いさえ苦痛だ。

こんな私が ぼらんてぃあ だなんて笑える話だ。
でも、ぼらんてぃあ(大人)同士話す時間とかないのでなんとか…。危険のないように気を配りながら子供とだけ接していればいいので私にもそれくらいはどうにかお手伝い出来るわけだけど。

石コロになりたい。人間という生物のいない星の石コロに。
だけど、こんなこと思う自分に嫌気が差す…。

まー、この地球でも石コロみたいに生きているかっ…私…。

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2009/06/12

落ち着かない

10年間もほぼひきこもり続けて来た人間が、ここのところ急に人と接して喋る機会が増えた。なのでなんだか前頭前野が熱をもっている感じがする。近所付き合いも親戚付き合いも友達付き合いもないので、特に人とのコミュニケーションを司る脳の部分は休止状態だったかもしれない。それが今フル稼働といった感じになり、古い機械が油もささずに突然ギシギシ鳴りながら久しぶりに稼働させられたようだ。だからなのか、毎日どこか落ち着かないのである。ひとり言も増えた。

ぼらんてぃあをするようになってから、ジヘイショウの本などを読んでみた。そこに、あの子たちが同じ言葉を繰り返す時は不安な時で安心するために同じ言葉を繰り返す、と書いてあった。私のひとり言もそういうのに似ている気がする。

超ひきこもってた時も不安は山ほどあったけど、今は今でなんだかわからない不安がある。なんだろう。毎日毎日気持ちが落ち着かない。なのでひとり言を言って気分を落ち着かせようとする。そしてそれを繰り返す…みたいな感じだ。
でも、どんな人たちも日々何かしらの不安を抱えている状態でそれでも普通に生活しているものなのだろう。毎日全てをノーテンキに生きている人なんていないよな。だけどさ、結局私どうせ馬鹿なんだから馬鹿らしく
Every dayノーテンキsunで、やっほーいscissorshappy02scissors
そう生きて行くことをモットーに…が、が、がむばるrockえっear方向性間違ってる?

最近散歩とかしていないので、野良ちゃんたちに会ってないなー。あの、おぶす猫ちゃんとか牛模様のパンダとかお元気かしら?ぁぁ猫に癒されたい…sweat02

そんなこんなで今日も私のひとり言がこの狭い部屋に響くのである。

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2009/05/20

朝陽に照らされて思うこと

今朝もいいお天気で、朝6時から洗濯機を回した。朝陽に照らされながら洗濯物を干す。気持ちがいいなぁ、なんて感じながら昔の私を思い出す。数年前の私は、朝陽なんて大嫌いだった。なので洗濯物は夜に干していた。とにかく日中外に出て日を浴びるというのが嫌だった。とくに晴れた一日は家の中で孤独を強く感じたものだった。心のバランスがおかしかったのかなぁ。
旦那という存在があっても、どこかで自分は孤独だと思いながらひきこもっていた私。ただただ自分の殻に閉じこもって深い海の底へと自らどんどん潜っていった。自業自得の自暴自棄。悪循環の渦の中。

私がネットを初めてやったのは9年前になるだろうか。
ノートパソコンはあってもネットに繋げていなかったのだが、ある日、旦那がネットを使えるようにしてくれた。初めて検索した言葉はなんだったかなぁ?
画面の向こうにいるたくさんの人たち。ひきこもりの私はこんな世界があったなんてと驚いたものだった。それは衝撃だったな。その頃はまだネット使いたい放題ではなかった。なのでいつも時間を気にしながら繋げていたな。このネットで様々な人たちのHPを見せてもらった。色々な人たちがたくさんいてそれだけの二つとない人生があった。皆それぞれの事を悩んだりしているのを知った。自分と100%同じ悩みを持っている人なんていないけれど、それでも自分だけじゃないんだと救われた思いがしたのをよく覚えている。そしてまた、自分の悩みも、自分という人間も、なんて小っせーんだってことを痛いくらい気づかされたりもした。
あれから9年、ネットを知らなかったら私はどうなっていたかな?もしかしたら……だったかなぁ。相変わらずひき子森ではあるけれど、それでも昔の自分とは違うと感じる。ここのブログを始めて5年になるけれど、ここでも見ず知らずの方に声をかけて頂けて、有難いと思っている。ネットの世界でのつながりだけど、どこかでみんな一生懸命生きているんだなーって励みになる。
ネットの世界を知らなかったら、本当、私、どうなっていたか…って思うと怖い。たかがネット、されどネット。
今朝はこんなことを考えながら洗濯物を干したのであった。

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